Viaggi (旅行記その1)

Capri(カプリ)

遭難した船の救命ボートがいっぱいみたいなこの写真は9月初旬のカプリ島。
かの有名な青の洞窟入り口です。
ダンナが8日間だけ日本から遊びに来た時に一緒にいきました。本当に神秘的な吸い込まれそうな青さで青の洞窟スパゲッティコマーシャルと同じでした。(表現力なくてごめんなさい)

青の洞窟へは朝一で行くのが正解。午前中の方が太陽光線が洞窟にたくさん入り
、色がきれいなのだそう。
しかも、少しでも風が強いと洞窟へは入れないんです。(冬はほとんど入れないそうです)
私たちも1日目は入ることが出来ず、2日目に再度チャレンジ。是非、カプリ島へ何泊かして、朝早く行くことをお薦めします。


青の洞窟へ入る方法は2種類。
@マリーナグランデから大型船で洞窟入り口に到着し、小船に乗り換える方法。
Aアナカプリ地区からバスに乗り終点Grotta Azzurraへ、地上から洞窟横の階段を降りて直接小船に乗る方法。

小船に乗り換えたら、赤い屋根のチケット売り場ボートがあるのでそこで入場料を支払い、洞窟へ入場。最後に船頭さんにチップを要求されます。船頭さんは洞窟の中で歌を歌ったり、客の写真を取ったり、一生懸命働きます。どんなに下手な歌でも、現像してみたら頭が切れた写真でも仕方ありません。払ってあげましょう。彼らは1日中、漕いで、歌って、写真を取っているんです。
私達はアナカプリに宿泊し、Aの方法で行きました。朝9時30分頃洞窟の小船乗り場へつくと、並ばずに入ることが出来ました。しかも小船も二人だけで貸切状態。洞窟の中も2週してくれました。もう少し遅くなると相乗りで5人くらい詰め込まれ、小船で、洞窟に入る順番を長いこと待つことに...皆、小船の上でゲロゲロになってました。その上、洞窟への入り口は小さいため、見知らぬ人と一緒に寝そべって入ることになります。

地上から行く場合、水着を持っていくことをお薦め!洞窟の横には海水浴場があり、泳ぐことが出来ます。すごく深いので、泳ぎに自信のない方は浮き輪とかビーチボートもあるといいかも。イタリア人の子供達がすごい勢いでガケから鼻をつまんで飛び込む姿を眺めるのも楽しいし、透明度が高いので、魚がたくさん泳いでいるのが見えます。
その他、アナカプリにあるケーブルカー(っていうか怖いリフト?)でソラーロ山に登ることが出来ます。そのケーブルカ乗り場の入り口にはプリクラの様な機械で青の洞窟をバックに写真つき絵葉書をつくることができます。イタリア語でメッセージも入れられます。メッセージはもちろん、Ti Amo!(愛してる!)とかTanti Baci!(いっぱい Kiss!)とか選んでみましょう。でもそんな絵葉書、送られた方が困りますよね。華やかにすごすならカプリ地区、のんびり過ごすならアナカプリ。カプリ土産にはやっぱりリモンチェロ!やっぱり本場で買うのは美味しい! シエナでも買ったことがありましたが、全然味が違うんです。思わず買い込んでしまいました。
冷凍庫でキンキンに冷やすと美味しいんですよー。現在も自宅の冷凍庫に入ってます。バッサーノグラッパへ行けばグラッパを買い込み、シエナではヴィンサントを買い込み、酒好きな我が家では食後酒が充実してます。でも実は現座の某輸入食材店Mで、カプリで買ったのとまったく同じリモンチェロを発見。勿体ぶって飲んでいましたが安心して一気飲み出来ることがわかりました。





Menton(マントン)Monaco(モナコ)Nice(ニース)
-とんだフレンチバカンス-

食べましたサラダニソワーズ(ニース風サラダ:写真参照)
これは野宿をよぎなくされた女3人、せめて美味しいものを、とロゼワインを注文し、生牡蠣とニース風サラダを食べた写真です。


なんで野宿か?もうホントフランス人には頭きた。というか私たちもアホだったんですが。イタリアから8月のヴァカンスシーズン真っ盛りに行ってきましたおふらんす。
4泊5日でのんびりヴァカンスよー。と浮かれながら。シエナから電車でピサを通り、ジェノバを越えて、行くこと9時間!!夕方5時ころにイタリアからフランスへ入ってすぐの街、マントンに到着。
洗練された保養地という感じ。フランス語の響きはささやくようで耳ここちがよいし、海沿いに並ぶ店の感じも生カキとか並べちゃって洒落てる。
「いやー、やっぱりフランスはお洒落だねー、イタリアって何か野暮ったいよねー、」などと愛するイタリアをけなしたのが悪かったのか、泊まる所がない!「到着したら探せばいいやー、イタリア語も通じるらしいし」なんて呑気に考えホテルも予約せずに来てしまったら、ヴァカンスシーズンで世界的保養地コートダジュールはどこのホテルもいっぱい。

イタリアのすぐ隣だし、イタリア語も通じるといってもいる人々はフランス人。ホテルの対応がとっても冷たい。フランス語でガーっとまくしたてたかと思うと、「クレイジー」だけ英語で言ってきた。どうやら「こんなヴァカンスシーズンに宿も予約せずに来るなんてクレイジーだ」と言っていたらしい。えーん、ひどい。結局、街中のホテルに聞いて歩いたけれどどこもいっぱい。

イタリアだったら1件くらい、「ここで寝てもいいよ」とか「宿がないのかい?かわいそうなシニョリーナ達」くらい言ってくれそうなのに、フランス人たら私達を犬を追い払うように追い払うんです。しかも「はあー?空き部屋?バカじゃないの?バカンスだよ今は」って感じで。「あーん、イタリア人が恋しー、イタリアが好きだよー。もう裏切りませーん」などと言いながら、仕方なくマントンの駅のベンチへ移動し、駅構内で夜をあかそうとエビアン水ボトルをつかって歯をみがいたりしていると(かなり怪しい?)、駅員が3人もやってきて、牛でも追うように駅から締め出されたんですよ!「あたし達は今日の宿がないの!危ないからここに居させて」と言ったのに、「ほら、とっとと出て出て」って...日本のように24時間営業の店もなく、駅の前のベンチでドキドキしながら夜を明かしました。「イタリア人悪口言ってごめんなー」「もう裏切らんよー」などといいながら。

 翌日は疲れて汚れきった姿で朝早くからモナコへ移動し、宿をGet。ふー、顔もやっと洗ったし、やっとバカンスらしくなったよー。モナコはきれいだけど、作り物っぽい感じ。私はあまり好きではありません。物価も高いし、フランスでもイタリアでもないテーマパークのような感じ。
 翌日、いよいよ本来の目的地ニースへ。あーん、やぱりニースってステキ!!ちょっとフランスが好きになりました。またまた「イタリアってなんかダサくない?」とか言いながらブイヤベースを食べ、ラタトウユと舌平目のムニエルを食し、南仏を満喫。ちゃんと海も入りましたよ。店では黄色の生地にオリーブの絵などが描かれた南仏プロバンス柄の小物とかたくさん売っているし、宿さえ確保し、ちゃんと顔も洗ってあればフランス人も優しい対応してくれるし。でもニースは結構治安が悪く、引ったくりが横行しているようです。私達も白昼堂々、大通りでバイクの二人組みがバッグをひったくるのを目撃しました。鮮やかな手口!!
イタリアと違うところは、いろんな外国料理のレストランがたくさんあるんです。インド料理やらベルギー料理、中華、エスニック、もちろん日本料理店も。フランス人ってイタリア人ほど食べ物に対して保守的じゃないみたいですね。クレープ美味しいし、パンも美味しいし、一緒に行ったNちゃんは朝からクレープとパンをバリバリ食べてました。そういえば帰りの電車用にも買い込んでたなー。「やっぱり、イタリアはいいねー、落ち着くねー」などと話しながらシエナに帰ってくるとなんだか自分の故郷に戻って来た感じ。どこへ行ってもシエナの良さを再確認してしまいます。でもイタリア人の友人に向かって「悪いけど、パンもカフェもフランスの方が美味しかったよ」などと憎まれ口をたたいてしまうのでした。





オーレ スパーニャ!(スペイン アンダルシア地方)

噂に聞くと、イタリア語もスペイン語も似たようなものだという。それならイタ語でOK?イタリア語でどれだけ通じるかをリサーチせねば。そして本場でパエリア食べてサングリアを飲まなくては。(旅の目的はいつも食べ物Yukikina)
早速計画に移った。今回は5泊6日でアンダルシア地方を中心に周る。友達に話すと、「スペインって危ないらしいよ」「日本人を狙った犯罪が急増していて身包みはがされるらしいよ」などと脅すものあり。なんでも日本人は大事なものはお腹に巻いている。という話がスペイン人窃盗団には評判とのこと。フランスで、野宿にはもうコリゴリのYukikina。スペインで野宿なんてしたら死んでしまうかも..今回はしっかり1泊目の宿くらいは予約してからいかねば。そう思っていたのに、今回も旅の相棒はNちゃん。サバイバル派の彼女と一緒だったため、やはり予約なしにうっかり旅立ってしまった。
 今回はローマの空港でNちゃんと待ち合わせ、まず空路マドリードへ。ローマからマドリードへは空路2時間。そこで飛行機を乗り継ぎ、南スペインのリゾート地、コスタ・デル・ソル(太陽海岸!)にあるマラガ空港へ。
飛行機の中で早速私とNちゃんはスペイン語のお勉強開始。といっても無理やり隣の席のスペイン人にイタリア語で話しかけ、「これはスペイン語ではなんというのか?」と質問攻めにし、「オレンジジュース」など、どうでもいいことを覚えただけ。でもイタリア語で「これ何?」と聞いら通じたー!いけるよこれは!
マドリードの空港ではやくもスペインに到着したことを実感。なぜなら、乗り継ぎの搭乗口に並んでいたら、わらわらとスペイン人が横入りしてきた。誰も並ばないぞー!?こりゃイタリアよりひどい!超ラテン系!可笑しくて笑えてきた。そうだ、ここはスペイン、並んでる場合じゃないよね!?もうこの時点で二人は超ハイテンション。なぜか頭の中に志摩スペイン村で踊る岩下志摩が頭に浮かんだ。

マラガ→グラナダ

ごッ機嫌でマラガ空港へ到着し、さあて、どうしよう。インフォメーションに行き、受付のお姉さんに「イタリア語はわかりません」と言われているにもかかわらずイタ語で質問すると、「うきゃー!通じてるー!」。返事はスペイン語で返ってくるけど、イタリア語にそっくりで相手が何を言っているのかほとんどわかる。最終のグラナダ行きのバスがあることを知り、3時間かけてグラナダへ。おっと、その前にグラナダのホテルを探さなくては。キケンキケン。バスターミナルの公衆電話からガイドブックに載っているホテルへ電話をかけまくる。げげ、やっぱりホテルあいてないよお。夕方6時、立ち尽くす女二人。もうすぐグラナダ行きのバスが出てしまう。ギリギリまで電話をかけまくっていると、1件だけ空いているらしい。でも予約する前に電話が切れちゃった!バスはもう出発するし、かけ直す時間もなく、いちかばちかバスに飛び乗った。

憧れのアルハンブラ宮殿(グラナダ)

華麗なイスラム文化と質実なカトリック文化が交じり合う街。複雑な歴史を歩んできた哀愁ただよう古都。イスラム支配の影響が色濃く残っている。いつか、深く濃いアンダルシアの青空の下、壮大かつ優美なアルハンブラ宮殿を見てみたい、とずっとずっと思っていた。
 夜の9時過ぎ、グラナダへ到着。電話が途中で切れてしまったホテルへ行ってみると、空き部屋はない、とのこと。でもスペイン人ならきっとフロント前のソファーとかで寝かせてくれそう。そう、スペイン人って悪者っぽい顔の人が多いけど皆、めっちゃくちゃ親切だったんです。
悪者顔の人も老若男女問わず、道を聞いたりすると、めっちゃ笑顔。感じの悪い人が全然いないんです。治安が悪いなんて言ったのは誰だー?スペイン人ごめんなさい。私がかわりに謝ります。イタリア人よりもかなり親切。
フロントでねばっていると空き部屋があったとのこと。順調に宿をget!荷物を置くと、安心してもう夜の11時だというのにフラメンコを観に行くことに。
 サクラメントのタブラオ(フラメンコが見れる場所)はジプシーの暮らす丘にあり、夜は危ないというので、タクシーで。
タブラオへ着くと、穴倉のような中に壁に沿って人がいっぱい座っている。よく見ると日本人観光客が1/2を占めている。超観光客向けだった。ここは新宿のエルフラメンコ?と思ったが、私達も観光客だった。じゃ、いいんだ。
 そんな中、一人1杯のサングリアが配られショーが始まった。
フラメンコは歌、踊り、ギターそしてダンサーの足音、手拍子、かけ声などが加わり複数の音で構成されていて結構な迫力。哀愁が漂う踊りに観客も釘付けに。途中、変なオヤジダンサーの腹おどりショーみたいなのもまじり、そして最後はお約束、ダンサー達が観客の手を取り、一緒に躍らせる。タイに行った時はタイ民族舞踊を手をそらせて踊った経験を持つ私、そういえばバリ島でもステージに上がった気がする。きっと私は踊りたそうな顔をしているんだ。ダンサーに見つからない様に下を向いた。日本人が結構連れ出されたが、皆とても上手。どうやらフラメンコ教室の先生と生徒達で来ているらしかった。無事踊らされることなくホテルへ戻り、細く光るグラナダの月の下、初日の夜が終わった。明日はいよいよアルハンブラへ!

2日目朝、いざアルハンブラへ!

バスに乗るため、街の中心ヌエバ広場へ向かう途中、スペインらしいお店がいっぱい。バービー人形用のフラメンコ衣装なども売っていて、友達の子供のお土産用に購入。本屋へ行って、スペイン語ーイタリア語の会話の本を購入してご機嫌に。街をながめながら悠長に午後1時頃、アルハンブラ宮殿へ到着すると、今日のチケットは販売終了!? 1日8000人で入場制限をしているらしかった。「えー?今日はアルハンブラを見て、その後コルドバへ移動してメスキータを見ようと思ったのに...」
仕方なく肩を落としながら宮殿を後に...
でもアルハンブラ宮殿を見ずしてグラナダは語れない。計画変更。今日もグラナダへ泊まり、翌日の早朝から再度チャレンジすることに。とりあえず今日は眺めの良い、アルバイシンという丘の上でほーっとしようと丘にあがる。ガイドブックには「治安が悪く、ひったくりが横行する地区」と書かれていたが、白い壁の家が続き、窓辺には花が飾られていて可愛らしい通り。とても治安が悪そうには見えなかった。昼間の時間はシェスタの習慣があり、お昼ねしてしまうスペイン人達。人通りはなく、時間がゆったりと流れている。とてものどかだ。アンダルシアの空は雲1つなく本当に青く深い。あまりの気持ちよさにすっかりリラックスしながら歩いていると、二人組にのバイクがゆっくりと近寄って来ていた。ひったくりだ!
運良く取られなかったが、身が引き締まる思いがした。
 丘の上からはグラナダの全景を一望することが出来、赤茶けたシェラネバダ山脈をバックにアルハンブラ宮殿がそびえている。ぼーっと眺めながら明日に期待。「期待もたせてくれるなーアルハンブラ、もったいぶりやがってー」でも、いきなり宮殿の中を見てしまうよりも、こうして全景を何時間も眺めたあと、少しづつ近づいた方がいいよね。想像が膨らむし。
夜はモチロン、スペイン料理に舌鼓。サングリア、ガスパチョ、そして名物サクラモンテオムレツを食す。(全部で約500円!スペイン物価めちゃくちゃ安いんです!)
このサクラモンテオムレツ、知らなかった!実は中には羊ちゃんの睾丸が入ってるんだって。食べちゃったよ。知ったのが後で良かった。さあ、明日は本場のパエリアを食べて、アルハンブラを見れば旅の最大の目的はクリアだ!

3日目、今日こそアルハンブラへ

開園前のアルハンブラ。7時30分の時点で既にすごい行列。陽が登る前のスペインはとても寒い。寒い中、飛び跳ねたり、近くにいるノラネコを勧誘して暖をとろうとするものなど、怪しい人続出。(私も飛び跳ねたり、ノラネコをおびきよせたりしちゃったけどね)陽が差してきた朝8時頃。チケット売り場オープン。
今日は難なくクリア。朝9時頃、やっとやっと入場。期待を裏切るなよアルハンブラ!
中はとても広く、乾いた建物の色と大理石にびっしりと施された繊細な彫刻の美しさがマッチし、金を一切使っていないのに豪華さと権力とが感じられる。天井からはところどころアンダルシアの強い日差しが差し込み、光と影のコントラストが一層神秘的なムード。青く澄み渡る空にこそ映える宮殿。これが他のどの街にあってもこの神秘的なムードは出せないのではないかと思う。
王のハーレムだったという王宮には贅沢に水が使われ、噴水の音だけが静かに聞こえてくる。のんびりと過ごしたい場所だ。ハーレムだった昔、王以外の男性は入れなかったと言われているが、実は楽団などの宴会要員は出入りが許されていたそう。でも、たくさんの女性がいるこのなまめかしい場所では、楽団の男性達の目が潰されていたんだそう。残酷な話ですね。チェンバロの音色が似合いそうな哀愁漂う場所です。ここでしんみりした後はモチロン、パエリアを食したのでした。わーい目標クリア!





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