HOMESTAY e appartamento
(イタリアステイ)

BOLOGNAのフォルニ家

2000年4月某日深夜、ボローニャ空港へ到着。重たいスーツケースを持って、一人、ステイ先のアパートへ。4回目のイタリアとはいえ、長期留学は初めてのこと、期待と不安が入り混じった気持ちで到着。

呼び鈴をならすと、写真のアンナおばあちゃんが温かい笑顔で迎えてくれ、一気に不安解消。深夜に到着した私に、あたたかい紅茶とビスケット、フルーツを出してくれました。
この家の住人はアンナおばあちゃんと可愛い猫のアンブロージョとモッリ(イタリアの猫の名前って立派ですね)アンナはご主人とは数年前に死別し、二人の息子は既に独立。寂しくないように留学生を受け入れているのだそう。
2DKのアパートですが、ボローニャは住宅事情が悪く、友達のステイ先も2DKが多かったです。とはいえ、ひとつひとつのスペースは大きいし、家具はアンティーク、窓辺にはゼラニウムの花がいろとりどりに飾られ、いかにもイタリア。私の部屋は8畳くらいの部屋に洋服ダンス、机、ベッド、本棚があり、とても快適でした。

こんな感じで快適に始まったボローニャ生活。
しかし、さすが、典型的マンマイタリアーナ。写真のように毎日、パスタを皿にてんこもり。そのあとちゃんとセコンドピアットを食べるのですから大変。しかもボローニャの料理は重いんです。ボローニャだけに、毎日サルサボロネーゼ!!これにはまいりました。パイ生地でボロネーゼソースのタリアテッレを包んで焼いたものとか、美味しいんだけど....もうダメ...

北イタリアは生クリーム、チーズ、バター、肉をふんだんに使うのです。
2ヶ月滞在したのですが、最後の方は私の胃袋は可愛そうに常に悲鳴をあげてました。(私の胃袋はトスカーナ向きです。)
でも写真の笑顔で「Mangia Mangia!」(食べて、食べて!)なんて言われたら食べてしまいますよね。とほほ。アンナおばあちゃんはボローニャ中心地にあるトラットリアに毎日手打ちパスタを卸していて、毎晩台所で手打ちパスタ作り。
私も教えてもらいながら参加。楽しくお喋りしながら、いろいろな種類の手打ちパスタを一緒に作りました。タリアテッレ、トルテリーニ、ファルファッラ。私の作ったパスタもちゃんとトラットリアで出してくれてたんですよ。「ボローニャ名物のトルテリーニを日本人が作ってるなんて皆気づかないわね」っていいながら。
日本人なら少し形が悪いと直されてしまいそうですが、イタリア人はとっても寛大。どんなに変な形でも「すごい、すごい、初めて作ったとは思えない」って言われるんですよ。

子供はこうして自信をつけるんですよね。イタリア式子育て術を感じました。(まわりで猫もウロウロしていて猫の毛とかも混じってそうなものも出してましたけど。)
 日本へ帰って料理教室を開きたい、という私にアンナはいろいろ教えてくれました。帰国後、早速料理教室を開いたことを手紙で知らせ、広告を一緒に送ったところ、アンナから「あたしゃ誇りに思うよ」というお手紙をいただきました。また手打ちパスタを習いに行かなくちゃ。
とても温かいアンナおばあちゃんでしたが、2ヶ月一緒に住んでいると珍事件やら困ったこともいろいろ。
アンナが親切に、毎晩、語学学校の宿題を無理やり見てくれるのだけど、それがほとんど間違っていてちょぴり迷惑だったりとか。

ボローニャホームステイはほとんどが食事なしホームステイ、台所を家の人と一緒に使います。私は語学学校へ無理を言って、料理が上手で、2食付き、という希望を出したらちゃんと希望をかなえてくれました。ボローニャ中心からバスで10分。私は毎日食べ過ぎて苦しいので35分かけて歩いて学校へ通っていました。
イタリアにいると皆よく歩くようになります。





FIRENZEのブレッシ家

フィレンツエ中央駅からバスで10分の閑静な住宅街にありました。
99年に1週間だけホームステイした時のお料理の先生のお宅で、2000年に長期留学するエネルギーを与えてくれた家族です。ここの料理教室のように楽しい料理教室を作りたくて留学をしたのです。


ご主人のジャンカルロとマリアグラツイアの二人暮し。この家は広めの2LDKで、シャンデリアや暖炉もあり、センスよく家族の写真が並べられたステキなリビング。私の部屋はジャンカルロが貼った壁紙が可愛らしい。私専用の洗面所があり、藤で出来たベッドとテーブルとイス。大きな鏡とテレビもあり、ペンションのようでした。

留学中、電話をかけるといつも「次はいつ遊びにくるの?」とよく食事に呼んでくれ、「泊まっていって」といつも言っていました。
私の家族がイタリアへ来た時も、「連れていらっしゃい」と言ってくれたり、休みの日は息子夫婦の家に連れて行ってくれたり、家族同様に接してくれました。マリアグラツイアは68歳だけど、すごくおちゃめで、無邪気なゆえにちょっと気分やさん。ダンナのジャンカルロはしょっ中怒られてたなー。(イタリアでかなりよく見る光景)インスタントラーメンが大好きで、この写真もお土産に渡した5分後くらいにもう喜んで食べてました。普通イタリア人は保守的で「イタリア料理が一番!!」だと思い込んでいて、他国の料理を受け入れない人が多いのですが、(だから街のレストランもイタリア料理ばっかり)彼女は好奇心旺盛。
カレーライス、うどん、なんでもござれって感じでした。
ちょっぴり教育ママで、私が出した手紙をいつも赤ペンで添削して送り返してきてくれました。

留学して2ヵ月後の5月下旬、まだ生活に慣れていなかったため、寂しくなってマリアグラツイアの家へ遊びに行ったのに、厳しい彼女は「2ヶ月間何やってたの?全然喋れるようになってないじゃない。日本人とばかりいたんでしょ」と怒られ、すごく落ち込みました。
寂しいから遊びに行ったのに追い討ちをかけられ、ブルー度が増しました。私としてはちょっとは喋れるようになってたのになー。
「もっと喋れるようになるまで遊びに行かないぞ!」って決め、しばらく疎遠になってしまいましたが、その後9月に連絡を取ると、4ヶ月も連絡をしなかった私をとても心配していたらしく、また怒られちゃいました。でもとっても仲良し。今はちゃんと連絡を取りあっています。





学生アパート

学生アパートにもいろんなタイプがありますが、Yukikinaはシエナとフィレンツェでアパート生活をしました。
シエナの場合、田舎なので少し郊外を希望すればアグリツーリズモのようなステキな家に当たることもあります。私は「学校に出来るだけ近い方がいい」という希望を出したところ、学校までは1分、何するにも便利という立地でしたが、すごく古くてぼろくて、部屋は殺風景だったので「牢獄」という名前をつけていました。友達も皆、私の部屋を見て笑うんですよー。なんか悪いことしたの?」って。最初は友達の家が羨ましくて羨ましくて...

私の住んでいたアパートは少し他とタイプが違い、どこから集めたのやらすごく強烈な個性の持ち主ばかりが住人で(私も?)最初は驚き、引越したくて仕方なかったのですが、慣れると楽しくて楽しくて、このヘンテコなアパートではお腹を抱えて笑うことがいっぱい。可笑しくて死にそうになったこともありました。隣の家のおばちゃんがよく窓を開けて、「静かにして」って怒っていたなー。こんな変なアパートに住めてよかったです。
まあ、毎日賑やかにぎやか。共同キッチンから聞こえてくるオペラ歌手のキョーレツな笑い声で目覚め、「彼の気持ちがわからない」というブルーなイタリア人女子大生をなぐさめ、あまり肌を出して歩いているとイラン人姉御から説教を受け、フランス人が干している超SEXYな下着を眺めながら、韓国人が作ってくれるプルコギを食べる毎日。
 美味しかったなー、キムの作ってくれるプルコギにチヂミ。
イラン料理も食べさせてもらったし、いろいろな異文化交流が出来ました。

シエナの学生アパートメンバー構成 (写真参照)


イタリア人の彼氏の行動で一喜一憂するイタリア人女子大生24歳 
姉御肌でイスラムの厳しい戒律を守るイラン人女子大生30歳
超今どきの女の子フランス人フリーター20歳
朝から晩まで歌っていて笑い声までオペラなアメリカ人オペラ留学生30歳
とっても真面目で優しい韓国人留学生26歳
極めてノーマルな日本人 Yukikina ?歳
どれが誰かは写真を見ながら考えてください。ご想像におまかせします。





SIENAのバラッキ家

シエナの中心カンポ広場まで徒歩10分。この中世の街、城壁に囲まれたシエナではどこの家も500年前なんて当たり前。重い石造りの古い家に皆住んでいます。郊外へ行くと、アグリツーリズモのようなステキな家もあれば、日本の団地のような新しい住宅地もたくさんあります。私がステイしたのはシエナの城壁の中にあり、500年前には有名な画家が住んでいたというアパルタメントの1階。なんと観光ポイントにもなっていて、たまに入り口に観光客がたくさんいたりしました。


お父さんとお母さんはちょうどうちの両親と同じ年齢。娘も同い年の娘が一人。息子夫婦がよく孫を連れて遊びにやってきます。
5LDKの広い家の中はお母さんのミニグラツイアの趣味で何故か、アメリカンカントリー。ファブリックが花柄でとってもかわいらしい家。バスルームも3つあり、一つは私専用。広い庭もあり、よく外にテーブルを出してランプの下で夕食を取りました。
 お父さんのアドリアーノは典型的なイタリアーノ。いつもニコニコしてオヤジギャグみたいなことばかり言っているのにサッカーの試合がテレビで始まると、急に真剣な顔つきになって口も聞かず拳をにぎって中継を見ています、点が入れば飛び上がって歓声をあげ、点を取られればテーブル叩いて大騒ぎ。そんなパパを冷めた目で見る妻と娘。これもイタリア家庭によくある光景。
よくある光景といえば、夕食の時間、食器を洗うパパの姿。
どこの家庭でも大体、食事はママが作るけれど、食器をさげたり、洗うのはパパだったり、大学生くらいの息子もよく手伝います。とってもほほえましいですね。私の他にアメリカ人留学生の女の子がいました。
 この家にステイしている時は料理学校へ行っていたため、ほとんど夕食を食べることができなかったし、この頃には生活にも慣れ、たくさんお友達が出来ていたので、ホームステイもちょっと限界に達してきたところでした。ここで1ヶ月過ごし、後はアパートに引越ししました





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